No227.Tommy’s絵画美術館2015年1月の作品「ドミニク・アングルのドヴォーセ夫人の肖像」

No227.Tommy’s絵画美術館2015年1月の作品
ジャン=オーギュスト・ドミニク・アングルの
ドヴォーセ夫人の肖像


(Madame Devauçay) 1808年76×59cm | 油彩・画布 |
コンデ美術館(シャンティイー)
フランス新古典主義の大画家アングルは、フランス南西部門徒バーン近郊の
村の家具の装飾家の子として生まれ絵画と共に音楽も学びヴァイオリン奏者と
して有名である。
12歳の時トゥルーズのアカデミーに入学、新古典派の巨匠ルイ=ダヴィットの
アトリエに入門しその後、イタリアに留学長期間ローマ、フィレンツェで活動し
ラファエロ、ミケランジェロの古典化の影響を受けこの時期有名な『浴女』(1808年)
『グランド・オダリスク』(1814年)などの作品がある。

1855年のパリ万国博覧会においてはアングルの大回顧展が開催され大人気を博した。
代表作の1つ『トルコ風呂』は、最晩年の1862年の制作である。
円形の画面に退廃的・挑発的な多数の裸婦を描きこんだこの作品は、当時82歳の
画家がなお旺盛な制作欲をもっていたことを示している。
  
アングルは絵画における最大の構成要素はデッサンであると考えた。
その結果、色彩や明暗、構図よりも形態が重視され、安定した画面を構成した。
その作風は、イタリア・ルネサンスの古典を範と仰ぎ、絵画制作の基礎を
尊重しながらも、独自の美意識をもって画面を構成している。
亦、近現代の画家にも影響を与え印象派のドガやルノワールをはじめ、
アカデミスムとはもっとも無縁と思われるセザンヌ、マティス、ピカソらにも
その影響は及んでいる。当時発明された写真が「画家の生活を脅かす」として、
フランス政府に禁止するよう抗議した一方、自らの制作に写真を用いて
いたことでも知られる。

アングルが『皇帝の玉座のナポレオン』をサロン出品した際に酷評を受け、
失意の内に訪れたローマの地で制作された本作は、ローマ法王庁に派遣されて
いたフランス大使シャルル・アルキエの愛人≪ドヴォーセ夫人≫をモデルに
手がけられた肖像画作品。


画面中央へ配されるドヴォーセ夫人は背もたれの赤い曲線の優美な椅子に
柔らかく腰掛け、顔面は真正面から、身体やや斜めに構えた姿勢で
捉えられている。
薄く口角を上げ、観る者へと真っ直ぐに向けられる瞳の深遠な輝きは、
ほぼ左右対称に分けられた頭髪や、凛とした眉と共にドヴォーセ夫人の
知性を感じることができる。さらに黒髪と合わせるかのようなドレスの
深い色彩は天鵞絨(ベルベット)風の質感に程よい 品位を与え、
また衣服や首飾りの色彩とドヴォーセ夫人の白い肌や大きな金色の
ショールとの色彩的対比を生み出している。
そして左手には指輪、右手には豪奢な扇子と細い腕輪が緻密な筆捌きで
丹念に描き込まれている。 そして何より注目すべき点は、これらの描写が
明らかに長すぎる左腕の不自然さを消している点にある。
左腕のみに注目し、右腕や全体と比較すると変異的な右腕の長さに
気がつくことができるものの、黄金のショールで左腕を隠し、
また左半身を前斜めに向けて描くことで全体のバランスを整えている
ことがよくわかる。さらに陰影に乏しい黒色の衣服や対角的に描き込まれる
丸みを帯びた赤い椅子によって、不自然さの隠蔽に成功している。
このような理想美の追求のために構造的な違和をも用い、
さらにそれを見事に調和化させる表現手法や写実的描写には、
アングルの類稀な画才と絵画的革命性を感じずにはいられない。